リスペクトの気持ち

実は昔、

マンガの「テニスの王子様」にハマり

同アニメにハマり

最終的に

ミュージカルにハマったことがあります。

 

 

 

 

あくまでも一ファンとしての感想ですが、

基本、原作がいつもリスペクトされており

それ故に

ハマれたのかな、と。

 

特にキャラの再現性は重要。

原作から変わっては困るところだと思っています。

キャラの性格が変われば

物語も変わっちゃいますもん。

 

ミュージカルに出ていた俳優さんは皆、

コミックを熟読して研究されていて

公演中はキャラになりきってました。

アドリブひとつにしても

原作の端々まで読んでないと出てこないセリフ。

 

そりゃ、ハマるわ

 

 

(もう15年近く前の話です。

 あの斎藤工さんが初代氷帝の忍足役やってた頃から

 志尊淳さんが氷帝の二代目岳人やった頃に観劇していました。

 わかる方が読者さんにいらっしゃるでしょうか)

 

 

 

原作の再現性が

高ければ高いほど

二次作品は大歓迎です。

 

だって

そこには愛があったりするから。

リスペクトがあったりするから。

 

 

 

 

 

 

最近の私のコメダ事情

今年になって数回、

コメダ珈琲に行ってるんだけど

 

以前よりも

何かちょこっとばかし

モーニングのローブパンが物足りない、

気がする。

 

たまごペーストも

あれ?な

気がする。

 

何度も食べて

感動薄れて来ちゃったかな。

 

今度から別のを頼んでみることにしよう。

 

 

 

それと

 

前も賑やかだった時も

あるにはあったんだけど

それよりなんだか

騒がしいような感じ。

 

 

スピーカーで普通に電話

スマホの動画流しながら爆笑

 

 

ファーストフード店でなら

学生がやってたりするのは

出くわしたことあるけど。

 

まあね

数人でワイワイ盛り上がって

大笑いしてるのと

何が違うんだって

言われたらそれまでよね。

 

別に残念がってるんじゃなくて

 

自分の認識を改めることにしただけ。

 

溶け込めないなら

行かなきゃいいんだもの。

 

自分に危害ないなら

自分の世界に浸って

長居できるので

全然大丈夫。

 

たっぷりカフェオレのホットとモーニング

また行ってこよ。

 

 

なぜに体重が増えていく?

別居する前は

食べたくても食べられず

体重はどんどん落ちて

頬がこけ

重い物を持てばよろけていたんですが、

 

別居してからは

おいしく食べて

適正な体重にまでなったので

喜んだのもつかの間

食べ過ぎてもないのに

体重は

なぜか超過の一途。

 

 

 

なんでだ?

 

 

なんでヘルスメーター乗るたびに

数字が大きくなるのよ!

 

 

ネットで調べて

思い当たるものとしては

 

栄養が足りてない

新陳代謝がよくない

糖質を先に取っている。

 

そのあたりでしょうか

 

でも

実は別居前も後も

量こそ違えど

内容はあんまり変わらないのです。

 

食べられるようになった分

体重は増えていったようで

 

結局

生活改善が必須のようです。

 

だけど

わかったところで

はい、左様ですね、

とはならないわけで。

 

とりあえずは

食べられるようになって、よかったじゃん

と、

心の余裕を持ちたいと思います。

 

 

 

 

 

セクシャルハラスメントの罪

ラカンの私のほとんどの時代は

セクハラ上等の風潮。

もうね、

マジで嫌だった。

忘れもしない記憶。

覚えてる最初のセクハラ。

 

小6の時に

健康優良児を決めるために

保健室に集められた体格の良い女子達。

その一人だったんだけど

男の先生もいる前で

上半身裸になって並ばされた。

もちろん発育いいから

お察しの通り。

 

しばらく数名の大人たちによって

品定めのような目にあい

恥ずかしくて腕で胸を隠そうとすると

「気をつけして!」と注意される。

 

今でも覚えてる。

泣きたいけど泣けない。

嫌なのに嫌と言えない。

あの時の私。

 

あの頃はあれが普通だった

何の配慮もなかった。

誰もおかしいと思わない大人。

 

月日は流れ、

もし娘が同じ目に合うようなことあったら

マジで許さん!と気が気ではなかった。が

まあもうそんな

健康優良児とか表彰するシステムなくなってた。

 

半世紀でようやく何とかなってきたかな。

今ならあり得ない!と止めてくれるはずよね。

 

 

いや、

どうも半世紀セクハラしてきた方の頭の中は

変わってなさそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無力な私の心配しか出来ない年始

この年末年始は娘も帰省しないため

ほぼほぼ平常な毎日を過ごしていたら

 

夕方スマホのアラートで

東京に地震

遠い地に住んでいるので

娘を心配のあまり

防災速報が入るように設定しています。

 

震源地が能登なのを確認し

娘にメールすると

酷いめまいがしたような揺れだったと。

離れている割に結構きたんだね、

とかやりとりして

 

その後のニュースで

かなりの地震が石川で起きたのを見ました。

被災された方を思うと

胸が痛み、涙が出てきます。

 

直接助けになることが出来るわけでもなく

一人でも多くの方の無事を祈るしか出来ない。

無力な私です。

 

翌日には羽田空港の事故。

テレビ画面をふるえて見ました。

年明け早々に続いて起きたから

余計につらい気持ちになったかもしれません。

 

そして

いつかこの当事者になるかもしれない、

という心配もしています。

 

他人事じゃないんです。

自分じゃなくてよかった、じゃないんです。

 

でも

無力な私は結局

真綿を噛み締める様な

歯ぎしりして朝を迎えるだけなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子離れしても心配はする

娘は大学進学で独り暮らしとなり、

私は心配のあまり

毎日メールをしていました。

最初こそ即レスしてくれていたものの

だんだん1日越しになっていきました。

電話なんて

まず出てくれやしません。

メールくらいは、、、

あれほど生存確認のためだからと

言っておいたのに。

 

その後、息子も同じように独り暮らしに。

また毎日メールしましたが

こちらはあっという間に

毎度の音信不通。

男の子はだいたいそのようです。

 

二人とも

お金と、部屋の不具合などの

困りごとくらいしか

自分から連絡寄こしてきません。

 

 

毎日、心配と寂しさで涙出そうでした。

 

 

思い返せば自分の学生時代

毎日曜日の8時に家に電話してました。

昔は携帯電話ないし、メールなんてないし

市外電話はとてつもなく高くて

しょっちゅう連絡とれなかったから

元気コールで1分ほど。

母は寂しかったと思います。

 

 

現在、

事情ある身の上なので

毎日私の方が生存確認されてる感じです。

 

もちろん子供たちの心配は

いまだにずっとしています。

子離れしても。

 

 

何も力になれないかも知れないけど

心配だけでもさせて欲しいんです。

 

うざいんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに自分も仲間入りします。

実は昨年の今頃から

体のあちこちが痛み始めました。

 

腕は上がらないは

指は痺れるは

腰はやられるは

背中はやられるは

 

も、もしかして

今密かにささやかれているように

 

コロナワクチンのせいかもしれない

 

又は

単に年のせいかもしれない

 

わからないんですよね

 

整形に行っても

対処療法なんで

様子見ましょう、のオンパレードです。

 

動かせば動かすほど酷くなる気さえしてきました。

 

とりあえず

日々の生活があるので

買い物で荷物を持たないように

何とかせねばと

 

ついに

買い物用のショッピングキャリーを探すことにしました。

 

いろいろあります。

よく見かけるオーソドックスな二輪のは

なんか、おばあちゃんの仲間入りするようで抵抗

 

いやもうアラカンなので

おばあちゃんなんですけどね。

 

 

でも意外におしゃれです。

 

 

押し車タイプよりはまだましか

 

 

 

なんて仲間入りするつもり満々だったのですが

 

これなら

ちょっとおしゃれじゃないですか

 

 

 

スーツケースみたいに引いて行けて

いっぱい入りそう

 

車ないので

ゆくゆくは必需品になるでしょう。